幸せについて考える<第二回>

どうも、ひろせんです。

前回の記事を読み返すと、ちょっと回りくどい表現になってしまっていた。

もう少し伝わりやすい表現で書くよう心掛けながら書くことにしよう。

今回は自分にとっての幸せについて考えていく。

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「一般的な幸福像」と自分の幸せの乖離

まず、「一般的に幸せな家庭」と聞いて何を思い浮かべるだろうか?

ちょっとイメージしてみて欲しい。

 
 
新しく、キレイな一軒家のマイホームかマンションに住み、

旦那さんは企業の役付きで、そこそこ収入もあり、仕事も上手くいっていて

ピカピカのマイカーに乗って通勤。

にこやかで美人、家事も上手な奥さんが家におり、2~3人の元気な子供が育っていて

友人も多く、たまにはパーティーなどの交流があり、

姑、小姑との関係も良好で

何もかもが上手くいっている。

 
多かれ少なかれ違いはあれど、そんなイメージをした奴は少なくないんじゃないだろうか。

ちなみに上の例は俺が「一般的に幸せな家庭」を想像したところ、出てきたイメージである。

 
しかしここでふと思う。

俺の知り合いや交友関係に、こういう奴は存在しない。

ではなぜ俺はこのイメージ像を、幸福な家庭として思い浮かべるのだろうか。

これは思うに、CMやドラマなどでこのイメージ像が「幸福な家庭像」として刷り込まれているからだろう。

  
読者の中には、「○○さんちはこの像に近いと思う。お邪魔した時はそんな感じだった」という奴もいるかもしれない。

しかし、あなたが客人として存在することで、その家庭は「観客に見せるモード」になっており、家族以外誰も見ていない空間で本当に彼らが幸せなのかどうかは、当人しかわからないだろう。

 
 
今回は「TVによる幸福の洗脳がどうたら~」なんていう話がしたいわけではない。

話を少し戻そう。俺の中で一般的に幸せな家庭像というものは、先ほどのようなものだった。

さて、ではこの像を自分に当てはめた場合、俺は果たして幸せなのだろうか?

ひとつひとつ見ていこう。

 
新築のきれいなマイホームに住むのは結構だが、これを実現するには長期ローンを組むか、相当なキャッシュが必要だ。

俺にとって家を持つことは負債を持つ事に他ならず、また新築住宅に住むという事は一瞬でその価値を下落させる行為に他ならない。

そう考えると、どうも俺には合いそうにない。

俺にとってベストは、「程度の良い一軒家に格安の賃貸料で住むこと」である。

一軒家を選ぶのは、マンションやアパートのように 隣人や上下に住人がいない方が気が楽だからだ。

賃貸を選ぶのは、例えば家族に何かトラブルが起き、引越しの必要に迫られた時に動きやすいからである。

 
次に仕事だが、ブログ内で何度も書いているように、大企業だろうが零細企業だろうが俺はサラリーマンが大嫌いである。

役職にでも付こうもんなら、上と下との板挟みで苦労する事にもなるだろう。

サラリーマンではないことがベストだが、仮にサラリーマンをやらなくてはならないのなら定時上がりが出来て有休もガッツリ取れ、ストレスが少なく、そこそこ収入があればいい。

その条件であれば企業の規模はどうでもいいし、役付きでなく、ヒラ社員が良い。

まぁ収入については多い方が良いが、それは贅沢な望みというものだろう。
 

車についてだが、正直に言って俺は車に全く興味がない。

移動手段の一つにすぎず、それが新しかろうが古かろうが、綺麗かどうかなどどうでもいい。

タイヤが4つついていて、途中で故障する心配がない程度に整備されていればなんでもいい。

ピカピカの車など、俺の幸せには関係ない。

 
それに、やはり車を所持する事には維持費がかかる。

税金や保険、駐車場料金、車検にガソリン代、オイル交換代…挙げればきりがない。

以前、通勤のために仕方なく持っていた時期があったが、こんなに金が出ていくものかと思ったものだ。

という事で、ベストなのは車を持つ必要が無い生活スタイルを持っている状況である。

 
次に家族だが、奥さんがにこやかで美人なのに越したことは無いだろう。

が、何かしらの方法でお金を稼いでくれる事が俺にとっては重要だ。

今の嫁さんのように仕事をしてくれても良いし、自営業で、例えばネットビジネスや実店舗を持ってカフェなんかをやってくれていても良い。

その理由としては、もちろん家計が助かるという面もあるが、「自分で稼いだ資金を消費して生活している」事を実感してくれる奥さんじゃないと、価値観を共有しづらいだろうと思うからだ。

尚、何人でもいいが子供たちが元気に育ってくれる状況はベストな状態であり、異論を挟む余地はない。

 
友人についてだが、正直に言えば俺にとって、この交友関係は狭ければ狭い方が良い。

数人の気の置けない友人は別として、昔から「友達と過ごす時間」をあまり楽しめない方だった。

それよりは自分の興味がある事を淡々とやっている方が好きだし、楽しく、そして疲れない。

だから自分の交友関係は「深く狭く」がベストだし、どちらかと言えば奥さんの交友関係もそうである方が助かる。

 
姑、小姑などとの関係は良好なことに越したことは無いし、適度な距離感を保てていたらそれでいいと思う。

 
 
以上を見ても、この一般的な幸福像が俺にとってはほとんど幸福でないことが分かるだろう。

例えば友人の数などは、傍から見れば「あいつは友達が少なく、寂しい奴だ」と思われていても当人は幸せなのである。

 
自分が幸せになるためには、一般的な幸福像に左右される事無く、自分にとってどういう状況が幸せなのかをきちんと考え、それを実現する事が一番の近道だろう。

次回は自分にとって、また嫁さんにとって、「どういう状況が幸せなのか」をもう少し深堀りして考えていく。

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コメント

  1. 日本株投資家 より:

    今は新婚で順風満帆かもしれませんが、子供ができたら母になり強くなり、全く別人になりますから楽しみにしておいてください。新婚当初の生活と全然違うものになります。いわゆる滅私奉公。自分のおもいどおりになることなんか少しもありません(笑)でも新婚のときよりずっと幸せですよ。

  2. 日本株投資家 より:

    ひろせんさんの夫婦は子供ができたらひろせんさんが専業主夫になるのが一番幸せなのではないかとおもいます。奥さんの給料はひろせんさんが管理して運用する。うちの逆です。奥さんも了承してくれそう。
    ちなみに私が自分で運用してるのは独身時代にためたお金だけです(笑)

    • ひろせん より:

      子供が出来てから家庭がどう変化するかはという点については、予想が難しいですね。
      日本株投資家さんの仰る通りになるかもしれませんし、ならないかもしれません。

      嫁さんは私と違ってサラリーマンがあまり苦ではないようですし、私は家事が全く苦ではないのでその形になってくれると嬉しいですね。
      ただし財務状況は悪化しますので、何かしらの方法で稼ぐことは考えます。

      嫁さんが安定したキャッシュを稼ぎ、私は解放された時間を使ってサラリーマン時代以上の稼ぎを作る。
      この形が私の理想ですね。
      主夫と言っても無駄なクオリティを求めなければ、家事に費やす時間など微々たるものですし。