素晴らしい技術のすべてが歓迎されるわけではない

どうも、ひろせんです。

IBM奇跡のワトソンプロジェクトを読み終えた。

最後の決戦も面白かったのだが、個人的に興味深かったのはワトソンが医学界に導入される際の課題だ。

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素晴らしい技術のすべてが諸手を挙げて歓迎されるわけではない

以前に「ワトソンが難病患者の病名を突き止めた」というニュースが流れたのはまだ記憶に新しい。

数多くの資料を読み込み、与えられた課題からその関連情報を精査し、超高速で正解を導き出すというのがワトソンの特徴だ。

ジョパディクイズ風にいえば、「この病気は発熱があり、咳が出て体がだるくなります」という課題を出せば、「風邪とは何ですか?」と答えてくれるだろう。

こういったことはワトソンの得意分野である。

 
俺は最初にこのニュースを聞いた時、将来は人工知能による診断が可能になり、あらゆる病気が早期に発見できるようになるのではないかという期待感を持った。

過去の症例を完璧に思い出せる人間は少ないが、ワトソンなら忘れることはないだろう。つまり、データを蓄積すればするほど正解にたどり着きやすくなるはずだ。

昔なにかで「名医と呼ばれる医者が正確な診断を下す確率は30%程度だ」という事を読んだ覚えがある。これがホントであるならば、おそらくAIを使えば早い段階で名医を超えることができるだろう。

 
しかし、現実はそううまく行かないようである。

本に書かれている事を元に書くと、特に医療の分野ではワトソンを導入することによるリスクが大きい。

想像してみよう。今、あなたは医者として活動しており、ワトソンを導入したとする。

ワトソンには「自信度」というパラメータがあり、自分の選んだ回答がどれほど正確かどうかを表すことができる。

 
患者を見てワトソンが言う。「彼は47%の確率で○○という難病です」

この回答の扱いが非常に難しい。例えばワトソンのいう事を信じて治療を行い、見当違いで患者が亡くなってしまったとする。

すると患者の遺族は言うだろう。「なぜAIのいう事を信じたのだ?所詮人工的な知能だろう?アンタは知能も資格も持っている医者じゃないのか!」

場合によっては訴訟にまで発展するだろうし、この場合は医者もIBMを訴えるしかなくなるだろう。

 
逆にワトソンのいう事を疑い、医者が考えた治療を行ったとする。しかし治療の甲斐なく患者が亡くなってしまったとしよう。

すると患者の遺族はこう言うだろう。「なぜAIのいう事を信じなかったのだ。正確な診療をするチャンスはあったのだろう?AIのいう事を信じて治療を行ってくれれば、あの人は死なずに済んだんだ!」

この場合ももしかしたら訴訟にまで発展するし、医者は今度はIBMを訴えるワケにはいかない。

 
リスク回避の視点からこの二通りの場合を考えると、医者はワトソンのいう事を聞かざるを得なくなる。その方がリスクが低いのだ。ダメだったらIBMを訴えればいい。

しかし、そうなると医者は必要になるのだろうか?ワトソンが医者にとって代わり、医者はワトソンの助手となってしまうのではないだろうか。

 
現在の医者の地位は高く、彼らはそれを守ろうとするだろう。ワトソンが助手を持つなんてシャレが聞いているが、それは流石に嫌なはずだ。

するとワトソンを導入するかどうかという初期の段階で、頭の良い彼らは「NO」を返すに違いない。

 
素晴らしい技術が必ずしも、歓迎されるわけではないのである。

※ただしこの記事は2011年に出版された本の情報を元にしている。本質的なものなのであまり変わっていないだろうが、現状はもう少し前向きになっているかもしれない。

興味のある方は読んでみるといいだろう。多少情報分野の用語も出てくるが、少なくても飽きずに読める点は保障する。

IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト: 人工知能はクイズ王の夢をみる

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