無人島に漂流した視点から仕事と投資について考える

どうも、ひろせんです。

昔から考え方が少し変わっているという自覚がある。

例えば無人島にナイフ一本持った状態で流れ着いたとする。大多数はこんな状態はまっぴらごめんだと考えるだろうが、俺はどちらかというとワクワクするタイプである。

今回はそんな視点から仕事と投資について考えてみることにした。

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無人島に漂流した視点から仕事と投資について考える

サラリーマン生活が嫌いだという奴は多いだろう。もちろん俺もその一人である。

毎日仕事をして月に決まった給料を受け取る。残念ながらそれ以上でもそれ以下でもない。

中には少なからずやりがいを感じている奴もいるだろう。そんな奴はサラリーマン生活に向いているのかもしれない。

 
先ほども書いたように、俺はどちらかというと「安定したサラリーマン生活」より「無人島にナイフ一本持った状態で流れ着いた状態」に対してワクワク感を感じるタイプだ。

サバイバル状態で何とか生き抜いていくために様々な知恵を絞る。苦しいかもしれないが、サラリーマン生活に比べて刺激に満ち溢れ、なんと楽しそうな事か。

 
しかし考えを巡らすうちに、サラリーマン生活と無人島で生き抜くサバイバル生活は、実は本質的に同じではないか?という結論に至った。

そのワケを書いていく。

まず、無人島に漂着した状況を具体的にイメージしていく

今、自分がナイフ一本を持って無人島に流れ着いたとしよう。

俺は何とかこの状況で生き抜くことを考える。

 
まずは水と食料の確保だ。飲めそうな小川を探し、続いて食べ物を探す。

一番容易なのは植物だろう。魚や獣は一朝一夕で確実に獲れるものではない。果実がなっていればいいが、そんな時期でもなければ柔らかそうな葉や茎を食べられるものを探すしかない。

知識も無いので、虫や獣が食べている葉を選んで口に入れてみる。例外もあるだろうが、他の生き物が食えるのであれば毒が無い可能性は少なくない。

少量食べて痺れたり幻覚を見たりすれば、次からは避ける。そんな感じで食べられる植物を増やしていく。

また、投石や簡単なワナによりなんとか獣や魚を取れるようにする。川ならせき止めれば魚が多少溜まるので、それを狙っていく。生で食べると寄生虫が怖いが、焼くために火をおこすのは容易ではない。ナイフでミンチにして食べれば多少はマシだろう。念のため内臓系は避けることは忘れてはならない。

 
こんな事をしていくうちに、なんとかその日その日の食料を確保できるようになるとする。しかし毎日安定して確保できるわけではない。すると次に考えるのは、食料の貯蔵だろう。

塩は海水があるので何とかできそうだ。石や葉などで海水を溜められるようにし、日光で蒸発させれば作れるのではないだろうか。

塩が出来れば、魚や肉などは多少なりとも保存が可能だろう。

 
また、体調を崩しては食料の調達が出来ないのでなんとか雨風を凌ぐことを考える。狩りの最中に洞窟を探したり雨の当たらない巨木を探す。

服の新調は難しいだろう。身に纏えるほどのサイズの毛皮を調達するためには、大きな獣を狩らなければならない。すぐには無理だろう。とすると、今着ている服がダメになれば、しばらく植物性のもので凌ぐしかない。そのために適した植物も探しておく。

また、ナイフの代わりになるものの用意が至急の課題になる。思いつくのは石である。夜な夜な石を研いで鋭利にするしかなさそうだ。

 
生きていくのに多少の余裕が出てきたとする。すると食糧調達をより安定させることを考える。具体的には木と石で畑を開墾し、食べることが可能で尚且つ繁殖力の旺盛な植物の栽培を始める。自分の排泄物や食べ物の残りかすをまとめておき、肥料を作る事も行っておく。

塩も日々作っておき、余分に獲れた魚や肉は干す。

また、生活の質を向上させるべく拠点の充実に時間を費やしていく。材木を集めて粗末な小屋を作ったり、動物が入ってこないように柵を作る。また、木を削って必要な道具を作っていくのも重要だろう。石斧や弓矢が出来れば、狩りも多少楽になるかもしれない。

狩場もわかってくるので、必要な道具はその近くに保管しておくことでより楽になるだろう。

 
運よくこの辺りまで生き残ることができれば、生活はグッと楽になるだろう。後は畑を拡大していき、獣や魚を獲るための罠も量産していく。

 
さて、今までイメージしてきたが、こんな生活とサラリーマン生活のどこに共通点があるのだろうか。

サバイバル生活とサラリーマン生活の共通点

「仕事」という言葉がある。実はこの言葉は二つの意味に分けることができる。

一つ目は生きていくための仕事である。生業ともいうだろう。サバイバル生活ではその日食べる食料の調達や水の確保などが当たる。サラリーマン生活では給料のうち、生活費に消えていく分が生業の分だ。

もう一つは明日の生活を向上させるための仕事である。サバイバル生活では自分の寝床の整備や道具の制作、畑の開墾などが当たる。サラリーマン生活では給料のうち、生活費や税金に消えていく以外の部分がこの仕事による分である。

サバイバル生活では食糧の確保、材料の調達、寝床の整備や道具の制作などを全て自分で行うしかない。サラリーマン生活であれば、稼いだお金で他人が作ったものを買えばよい。食糧でも道具でも買えるのがお金の良いところである。

だが、手段の違いはあれど本質的に求めるものは同じなのである。俺たちは日々食べていくものを求め、明日の生活を向上させるものを求めているのだ。

サバイバル生活での投資とは?

ここで投資とは何かを考える。投資の目的はお金を増やすことにある。

「お金=物の調達や制作の手間や時間」と考えると、サバイバル生活の場合の投資とは「自分の代わりに物の調達や制作をやってくれる分身」を得る行為に当たるだろう。

そしてこの分身は、自分がその日に食べる食料の一部や、作った道具の一部を生贄にして作る事が出来る。
 

もし自分が魚を獲りに行っている間に塩を作ってくれる分身が出来たら、便利な事この上ない。狩りから帰ってきたら明日の狩りで使う道具が出来ていたら非常に助かるだろう。そして塩づくりや道具作りに使うはずだった時間は別の事に使えるようになる。

とすればサバイバル生活において重要なことは、多少自分の生活を低下させてもこの分身を増やし続けることである。

 
もちろん最初は少量の塩しか作ってくれない。道具も自分が100個作れる時間で1個しかできない。そんな分身でも、増やし続ければ次第に存在感を増すだろう。

 
粘り強く増やし続けていれば、生きていくために自分でやらなければならないことのほとんどを分身がやってくれるようになる。寝床の整備や食料の調達、道具の制作、畑の整備…必要なことは全て分身がやってくれる。

この段階まで行けば、生きる事以外の目的のために時間や手間を使えるようになる。自己表現のためのアートだったり、装飾品の制作だったり。つまり、自分の楽しみのための時間や手間である。

そう、この段階がサラリーマン生活での「完全リタイア」に当たるわけだ。

 
この段階が人生の早い段階で来るか、それともセミリタイア止まりで終わるのかはそいつの行動次第だろう。

 
ちなみに完全リタイアには2種類がある。一つは今挙げたような「投資による分身を作って」のリタイア、もう一つは「分身を作らなくても自分が効率よく働き、一生困らないだけの食料や道具全てを作り終えて」のリタイアだ。

 
自分を振り返り、どちらが現実的かを考えてみる。どう考えても俺の場合は、分身を作ってのリタイアの方が現実的だろう。

また、例えば「無人島漂流ゲーム」をプレイすることになっても、積極的に分身を作っていく事が攻略への近道だという事は早い段階で分かる。

 
こういう一風変わった視点で見ても、投資は人生を過ごしていく中で必須な事である。稼いだお金を淡々と株に変えていく行為も、サバイバル生活において分身を作る行為だと考えれば楽しみが増すだろう。

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